昔秋田県の赤吉と云ふ所に大日別当了観と云ふ有徳の士が住んで居たが、たまたま心中に邪念の萌した時は北沼と云ふ沼に年古くから棲んで居る大蛇の主が了観の姿となつて妻の許へそつと通つた。斯の大蛇の主といふのは神代の昔神素盞嗚尊が伯耆大山即ち日の川上山に於て八岐の大蛇を退治され、大黒主の鬼雲別以下を平定されたその時の八岐の大蛇の霊魂が凝つて再び大蛇となり、北沼に永く潜んでゐたものであつた。 

 

 間もなく了観の妻は妊娠し、やがて玉の如き男子を生み落したが、恰も出産の当日は朝来天地晦冥大暴風雨起り来りて大日堂も破れん斗りなりしといふ。 

 了観はその恐ろしさに妻子を連れて鹿角へ逃げその男子を久内と名付けて慈しみ育てた。その後三代目の久内は小豆沢に大日堂を建立したるも身魂蛇性のため天日を仰ぎ見ること能はず、別当になれない所から草木村といふ所の民家に代々久内と名告つて子孫が暮して居た、扨てその九代目に当る久内の子八郎が神秘伝説の主人公である。 

 

日本一勝地何処と人問はば 十和田の湖と吾れは答へむ。

神国の八景の一と推されたる 十和田湖岸の絶妙なるかな。

水面は海抜一千二百尺 十和田の湖の風致妙なり。

磐木山八甲田山繞らして 神秘も深き十和田の湖かな。

我国に勝地は数多ありながら十和田の景色にまさるものなし。御倉山御中山など神秘的 半嶋浮ぶ十和田の湖かな。

水青く山又青く湖広く 水底深き十和田の勝かな。

男装坊創開したる十和田湖の 百景何れも神秘的なる。

八郎が大蛇と変じ造りしと 云ふ十和田湖の百の伝説。

素盞嗚の神の言向け和したる 大蛇の霊は十和田に潜みぬ。

風雅なる人の春秋訪ね来て 風光めづる十和田湖美はし。

了観の妻の生みてし男の子こそ 北沼大蛇の胤なりしなり。

天も地も晦瞑風雨荒れ狂ふ 中に生れし久内は蛇の子。

九代目の久内が生みし男の子こそ 十和田を造りし八郎なりけり。

藤原の男装坊が八郎と 争ひ得たる十和田の湖かな。

瑞御魂神の任さしの神業に 仕へ奉りし男装坊かな。

八郎を迫ひ出したる男装坊は 永く十和田の主となりける。  

 何時の世にか、青山緑峰に四方を繞まれたる清澄なる一筋の清流を抱いて眠る農村の昔秋田県鹿角郡の東と南の山峡に草木といふ夢のやうな静寂な農村があつた。此村に父祖伝来住んで居る久内夫婦の仲に儲けた男の子を八郎と名づけ、両親は蝶よ花よと慈しみ育くむ間に八郎は早くも十八歳の春を迎ふる事となつた。 

 八郎は天性の偉丈夫で、母の腹から出生した時既に已に大人の面貌を具へ一人で立ち歩きなどをしたのである。八郎が十八歳の春には身長六尺に余つて大力無双鬼神を凌ぐ如き雄々しき若者であつたが又一面には至つて孝心深く村人より褒め称へられて居た。 

 八郎は持ち前の強力を資本に毎日深山を馳〔駆〕け廻つて樺の皮を剥いたり、鳥獣を捕へては市に売捌き得たる金にて貧しい老親を慰めつつ細き一家の生計を支へて居たのである。 

 或る時八郎は隣村なる三治、喜藤といふ若者と三人連れにて遠く樺の皮剥きに出掛けた。三人は来満峠から小国山を越へ遥々と津久子森、赤倉、尾国と三つの大嶽に囲まれてゐる奥入瀬の十和田へやつてきた、往時の十和田は三つの大嶽に狭められた渓谷で昼尚ほ暗き緑樹は千古の色をただへ其の中を玲瓏たる一管の清流が長く南より北へと延びてゐた。 

 三人は漸々此処へ辿りついたので流れの辺りに小屋をかけ交り番に炊事を引受けて昼夜樺の皮を剥いて働き続けて居た。 

 

草木村久内夫婦のその中に  大蛇の霊魂八郎生れし。 

奥入瀬清流渡り八郎は  渓間の湖沼に友と着きたり。 

孝行の誉れ四隣に聞へたる  八郎は樺の皮脱ぎて生く。  

三治、喜藤二人の友と渓流を 渡りて十和田の近くに仮寝す。 奥入瀬川の辺りに小屋造り  鳥獣を狩り樺の皮剥ぐ。  

数日後のこと、其日は八郎が炊事番に当り、二人の出掛けたる跡にて水なりと汲みおかんとて岸辺に徐々下り行くに、清き流れの中に、岩魚が三尾心地よげに遊泳して居るのを見た。八郎は物珍らしげに岩魚を捕つて番小屋に皈〔帰〕つて来た、そして三人が一尾づつ食はんと焼いて友二人の帰りを待つて居たが、その匂ひの溢れる斗りに芳しいのでとても堪らず一寸つまんで少々斗り口に入れた時の美味さ、八郎は遂に自分の分として一尾だけ食つて了つた。
清流に遊ぶ岩魚を三尾捕り  焼き付け見れば芳味溢るる。 芳ばしき匂ひに八郎たまり兼ね 自分の分とし一尾喰らへり。

 

 俺は未だ斯んな美味いものは口にした事は一度も無いと彼はかすかに残る口辺の美味に酔ふた。後に残れる二尾の岩魚は二人の友の分としてあつた。けれども八郎は辛抱が仕切れなくなつて何時の間にかとうとう残りの分二尾とも平げて了つた。アツ了つたと思つたが後の祭りで如何とも詮術がなくなつた。  八郎は二人の友に対して何となく済まないやうな気持を抱くのであつた。間もなく八郎は咽喉が焼きつく如うに渇いて来た、口から烈火の焔が燃へ立つてとても依然として居られなく成つたので、傍に汲んで来て置いた桶の清水をゴクリゴクリと呑み干したが、又直ぐに咽喉が渇いて来るので一杯二杯三杯四杯と飲み続けたが未だ咽喉の渇きは止まづ反て激しくなる斗りである。 

 アア堪らない、死んで了ひさうだ、是は又何とした事だらうと呻き乍ら沢辺に駈け下るや否や、いきなり奔流に口をつけた。そして其儘沢の水も盡きん斗りに飲んで飲んで飲み続け、恰度正午頃から、日没の頃ほひまで、瞬間も休まづ息もつがず飲みつづけて顔を上げた時、清流に映じた自分の顔を眺めて思はずアツと倒るる斗り驚きの声を揚げた。 

 嗚呼無惨なるかな、手も足も樽の如く肥り、眼の色ざし等既に此の世のものでは無かつた。折から山へ働きに行つて居た二人は帰つて来て、此始末に胆を潰す斗り驚愕して了つた。オオイ八郎八郎と二人が声を合せて呼べば、その声にハツと気付いた八郎は漸くにして顔をあげ、恐ろしい形相で二人の友をじつと眺めてからやがて口を開いた。  

 八郎は岩魚の美味に堪へ切れず 二人の友の分まで喰らへり。

魚喰ひし跡より咽喉が渇き出し  矢庭に桶の汲置水呑む。 桶の水幾許飲みても飲み足らず  清き渓流に口を入れたり。正午より夕刻までも沢の水  飲み続けたり渇ける八郎。 

渓流に写れる己れの姿見て  八郎倒れん斗りに驚く。 

八郎の姿は最早現し世の  物とも見えぬ形相凄まじ。 

手も足も樽の如くにはれ上り 二タ目と見られぬあはれ八郎。夕方に二人は小屋に立帰り  八郎の姿に魂を消したり。 

 

 八郎は夕刻二人の友の帰つたのを見て少時無言の後やつと口を開き、お前達は帰つて来たのかと云へば二人はオイ八郎一お前の姿は何だ。如何して斯うなつた。浅間敷い事になつたの。さあ住所へ帰らうよ、と震へ声を押し沈めて言つた時八郎は腫れあがつた目に一杯涙を浮べて、もう俺はどこへも行く事は出来ない身体になつて了つたのだ。何と云ふ因果か知らぬが魔性になつた俺は寸時も水から離れられないのだ。 

 これから俺は此処に潟を造つて主になるからお前達は小屋から俺の笠を持つて家に残つて居られる親達へ此事を話して呉れろ。アア親達はどんなに歎かれるだらうと両眼に夕立の雨を流して嘆ずる声は四囲の山々に反響して又どうと谺するのであつた。かくては果じと二人は、八郎よ俺たち二人は爰で永の別れをする。八郎よさらばと名残惜し気に十和田を去つた。 

 二人の立去る姿を見すましてから八郎は尚も水を飲み続ける事三十四昼夜であつたが、八郎の姿は早くも蛇身に変化し、やがて十口より流れ入る沢を堰止めて満々とした一大碧湖を造り二十余丈の大蛇となつてざんぶと斗り水中に深く沈んで了つた。 

 かくして十和田湖は八郎を主として、年移り星変り数千年の星霜は過ぎた。永遠の静寂を以て眠つて居た一大碧湖の沈黙は遂に貞観の頃となつて破らるるに至つたのである。

 

八郎は二人の友に涙もて  永き別れを告げて悲しむ。 

両親の記念と笠を友に渡し  十和田の湖の主となりけり。 八郎は三十四夜の水を呑み続けて  遂に蛇体と変化す。 

二十余丈大蛇となりて八郎は  十和田湖深く身を沈めたり。十口の流れをせきて永久の  住所十和田の湖を作れり。 

数千年沈黙の幕破れけり  貞観年中男装坊にて。