それより男装坊は湖畔に立てる巨巌今篭森の上に登りて七日七夜の間不眠不食して座禅の行を修し一心不乱に天地神明に祈願を凝らし終るや湖水に入定して十和田湖の主となるべく決心し御占場の湖辺に至り岸辺の巌上に佇立して又もや神明に祈願した。

 時恰も十五夜の望月団々皎々たる明月は東天に昇りて湖上に月影を浮べ大空一片の雲もなく微風さへ起らず水面は凍りつきたる如く静寂であつた。

 男装坊は仰いでは天空に冴ゆる月を眺め、俯しては湖上の月を眺め天地自然の美に見惚れ居ること稍暫し、やがて入定の時刻も近づいて来た。瞑目合掌して最後の祈願を捧げ今や湖水に入定せんとする時、今迄静寂にして鏡の如く澄み切りし湖面俄に荒浪立ち起り円満具足の月輪の影千々に砕けて四辺に銀蛇金蛇の乱れ泳ぐかと思はるる折もあれ不思議なるかもその波紋は次第次第に大きくなり遂には中の湖の辺より鼎の涌く如くに洶涌し其の中より猛然奮然として躍り出でたるはこの湖の主として久しき以前より湖中に棲んで居た八郎の化身の竜神である。 頭上には巨大なる二本の角を生じ口は耳まで裂け、白刃の牙をむき出し眼は鏡の如く爛々と輝き幾十丈とも計り知られぬ長躯の中央をば大なる竜巻の天に冲したる如く湖上に起し、男装坊をハツタと睨み付け「ヤヨ男装坊克く聞け、この湖には八郎と云ふ先住の主守りあるを知らぬか、我身の位置を奪はんと狙ふ不届者汝身命の安全を願はば一刻も早く此の場を退却せよ」と天地も震動する大音声をあげて叱z早k叱咤〕し牙をかみ鳴らし爪をむき出し、只一呑みと斗り押し寄せ来る。

 男装坊は吾は戦ひを好むものにあらず、三熊野大神の御啓示に由つて今日より吾は此の湖の主となるべし。神意に逆はず穏かに吾に譲渡し勇ぎよく此の地を去れ、と説き勧むれど怒りに燃えたる八郎の竜神如何で耳を籍〔藉〕すべき、十和田湖の主八郎の猛勇無比、精悍無双なるを知らざるか、この痩せ坊主奴気の毒なれども我が牙を以て汝が頭を噛み砕き、此の鋭き爪にて汝の五体を引き裂かん。覚悟せよと怒鳴りながら飛びかかる。

 男装坊も今は是非なく法術を以て之に対し、互に秘術の限りを盡し戦へども相互の力譲らず不眠不休にて相戦ふこと七日七夜に及び何時勝負の果つべくも思はれぬ状況であつた。 

 

男装坊月の清さに憧憬て  湖面にしばし佇み合掌す。 

大神の霊示の棲所は此の湖と 入定せんため湖に入らんとす。此の湖の主なる八之太郎蛇は  浪荒立てて怒り出したる。 男装坊は吾が永住の棲家なり  早く去れよと八蛇に迫る。 八之太郎竜神怒り角立てて  男装坊に噛み付き迫る。 

男装坊ひるまずあらゆる法術を  盡して大蛇と挑み戦ふ。 天震ひ地は動ぎつつ七日七夜  竜虎の争ひ果つる時なし。 

 

 爰に於て男装坊は止むを得ず天上に坐す天の川原の棚機姫の霊力を乞ひ幾百千発の流星弾を貰ひ受け之を爆弾となして敵に投げ付け、或は雷神を味方に引き入れ天地も破るる斗りの雷鳴を起さしめ大風を吹かせ豪雨を降らせ、幾千万本の稲妻を槍となしたる獅子奮迅の勢にて挑み戦へば、八郎もとても叶はじとや思ひけむ、暫しの間手に印を結び呪文を唱へ居たりしが、忽ち湖中に沈み再び湖底から浮び出たるその姿は恐ろしくも一躯にして八頭十六腕の蛇体と変り、八頭の口を八方に開き水晶の如く光る牙を噛み鳴らし白刃の如く研ぎ磨いた十六本の腕の爪をば十六方に伸ばし風車の如く振り廻しつつ敵対奮戦するために又も其の力相伯仲して譲らず、再び七日七夜不眠不休の活躍、何時勝負の決すべしとも予算がつかぬ状況である。 

 男装坊思ふに我が為めに斯くの如く永く天地を騒がし奉るは天地神明に対して誠に恐懼に堪へぬ。今となつては止むを得ず神仏の力に縋るより他に方法なしと笈の中より神書一巻、神文一巻を取り出し之を恭しく頭上に高く掲げて神旗となし朝風に靡かせ八郎の大蛇に打ち向へば、嗚呼不可思議なるかな神書神文の一字一字は残らず弓箭となりて抜け出し、激風に飛ぶ雨や霰の如く八郎に向つて飛びゆき眼口鼻耳と云はず全身五体寸隙の残るところなく刺つて深傷を負はせた。 

 八郎は勇気と胆力とにかけては天下無双の剛者なれども惜しいことには無学なりしため神書神文の前に立つては男装坊に対抗して弁疏すべき方法を知らず、信仰力を欠いでゐたのでさすがに剛勇を以て永年間この附近の神々や鬼仙等を畏服せしめ居たりし八郎の竜神も、此の重傷に弱り果て今は再び男装坊に向つて抵抗する気力もなく、腹を空に現はして湖上に長躯を横たへ苦しげに呻吟する斗りとなつた。その時全身幾万の瘡口より鮮血雨の如くに流れて湖水に注ぎ忽ちのうちに血の海たらしめたのであつた。

 爰に八郎は男装坊に破れ千秋の怨みをのんで十和田湖を逃げ出し小国ケ岳、来満山を経て更に川下へ落ちのび、三戸郡下に入つてこの辺一帯の盆地を沼となし十和田湖に劣らぬ己が棲家を造らむとせしが、この地方は男装坊の生立ちし為め男装坊にとつて縁故の深き土地なるがため、此の附近の神々は一同協定結合して八郎を極力排斥することとなり、四方より巨石を投じて攻撃されたるため、八郎は居たたまらずして又もやここを逃げ去り、山々を越えて鹿角郡に入り郡下一円を大湖と化し、十和田湖よりも大きなる湖水を造り徐ろに男装坊に対し復讐の時機を待たむと企てしも、附近の神々や鬼仙等は十和田湖に於ける男装坊と八郎の戦ひを観望して男装坊の神の法力、遙に八郎の怪力を凌ぐに余ることを知つてゐるため、今は八郎の威令も前の如くには行はれず此の附近の守護神なる毛馬内の月山神社、荒沢八幡宮、万屋地蔵その他数千の神社の神々は大湯に集まりこれに古川錦木の機織姫まで参加の結果、大会議を開き男装坊の味方となり、八郎を排撃することと決し、月山の頂上に登りて大石を瓦礫として投げ付けたるため、八郎は居たたまらず十二所扇田の流れを下りて寒風山の蔭に一湖を造り、此処に永住の地を見出したが八郎の名に因んで後世の人之を呼んで八郎潟と称ふるに至れり。 

 かくて男装坊は三熊野三神別けて神素盞嗚尊の神示によりて弥勒の出現を待ちつつありしが、天運茲に循環して昭和三年の秋、四山の紅葉今や錦を織らむとする頃神素盞嗚尊の神示によりて爰に瑞の魂十和田湖畔に来り、弥勒出現の神示を宣りしより男装坊は欣喜雀躍、風雨雷鳴地震を一度に起して微証〔徴証〕を示しつつその英霊は天に昇りたり。それより再び現界人の腹を籍〔藉〕りて生れ男性となりて弥勒神政の神業に奉仕することとはなりぬ。 

 吁神界の経綸の深遠にして宏大なる到底人心小智の窺知し得る限りにあらず。畏しとも畏き次第にこそ。惟神霊幸倍坐世。 附言、男装坊現世に再生し、弥勒の神業を継承して常磐に堅磐に神代を樹立するの経綸や出生の経緯に就いてはこと神秘に属し、未だ発表を許されざるものあるを遺憾とするものであります。(完)
(1)「瀟湘八景」(しょうしょうはっけい)…中国湖南省の洞庭湖(どうていこ)付近にある八ケ所の景勝地。(2)「貞観十三年」…西暦871年。清和天皇十九年。(3)「枯木倚寒巌三冬無暖気」…「枯木(こぼく)寒巌(かんがん)に倚(よ)って三冬(さんとう)暖気(だんき)無し」と読む。「婆子焼庵(ばすしょうあん)」という禅の公案に出てくる一文。冷淡で近づきにくい態度を指す「枯木寒巌(こぼくかんがん)」という熟語で知られる。