第一章 十和田湖伝説の真相

東洋の日本国は到る所山紫水明の点に於て西洋の瑞西と共に世界の双壁と推称されて居る。日本は古来東海の蓬莱嶋と称へられた丈あつて、国中到る処に名山があり、幽谷があり、大湖があり、大飛瀑があり、実に世界の公園の名に背かない風光がある。 中に湖水として最も広大に最も名高きものは近江の琵琶湖、言霊学上、「天の真奈井」があり近江八景といつて支那瀟湘八景(1)にならつた名勝がある。芦の湖、中禅寺湖、猪苗代湖、支笏湖、洞爺湖、阿寒湖、十和田湖などがある、何れも文人墨客に喜ばれて居るものである。 中にも風景絶佳にして深き神秘と伝説を有するものは十和田湖の右に出づるものは無いであらう。自分は今度東北地方宣伝の旅を続け、其途中青森県下其他近県の宣信徒に案内されて、日本唯一の紫明境なる十和田の勝景に接する事を得ると共に、神界の御経綸の深遠微妙にして人心凡智の窺知し得ざる神秘を覚る事を得たのである。 扨て十和田湖の位置は、裏日本と表日本とを縦断する馬背の如き中央山脈の間に介在して、北方には八甲田山、磐木山など巍々乎として聳え立ち、南方遙の雲表より鳥海山、岩手山の二高嶺が下瞰してゐるのである。十和田湖の水面の高さは海抜一千二百尺にして、その周囲の山々は之より約二千尺以上の高山を以て環繞せられ、湖面は殆んど円形にして牛角形と馬蹄形とを為せる二大半嶋が湖心に向つて約一里斗り突出し、御倉山御中山など神代の神座や神名に因んだ奇勝絶景を以て形造られて居る。湖中の岩壁や、岩岬や、嶋嶼などの風致は実に日本八景の随一の名に背かない事を諾かれるのである。 湖中の風景の絶妙なる事は、一々爰に記すまでもなく東北日記に名所名所を詠んでおいたから、爰には之を省略して十和田湖の神秘に移ることに仕ようと思ふ。  十和田湖の伝説は各方面に点在して頗る範囲は広いが、自分は凡ての伝説に拘はらないで、神界の秘庫を開いて爰に忌憚なく発表する事とする。扨十和田の地名に就ては十湾田、十曲田などの文字を宛はめて居るが、アイヌ語のトーワタラ(岩間の湖)ハツタラ(淵の義)が神秘的伝説中の主要人物、十和田湖を造つたといふ八郎(別名、八太郎、八郎太郎、八の太郎)が伝説の中心となつて居る。次に開創鎮座せし藤原男装坊も南祖、南宗、南僧、南曽、南蔵等種々あるが、今日普通に用ゐられて居る文字は南祖である。然し王仁は伝説の真相から考察して男装坊を採用し、此神秘を書く事にする。